中部地方の発酵に触れる 〜海沿いから内陸、豪雪地まで。多様な気候が育む発酵食品の数々!〜
中部地方は、新潟、富山、石川、福井といった日本海側に、山梨、長野、岐阜といった内陸、そして愛知、静岡といった太平洋側まで含む広大な地域です。
多様な気候が育む発酵食品の中には、地域の名産品としてなじみ深いものもあれば、市場では出回っていなかったり、今はなかなか作られなくなってしまったりする「幻の発酵食品」も。
この記事では、そんな中部地方の発酵食品の一部をご紹介します。
※レア度について:その食品の「手に入りやすさ」を3段階で表しています。(2025年現在)
- ☆☆★…地域を訪れなくても飲食店やネット通販などを通して入手可能で、今後も安定的に入手できる見込みの食品
- ☆★★…地域外の飲食店やネット通販ではあまり取り扱われていない、もしくは取り扱われていても今後品薄になる可能性がある食品
- ★★★…地域を訪れても手に入りにくい食品
1. 浜納豆(レア度:☆☆★)
「浜納豆」は、「納豆」という名前は付いているものの、納豆菌で発酵させる一般的な納豆とは異なり、全く糸を引かない黒い見た目が特徴的です。浜納豆は、専門的には「塩辛納豆」という種類に分類され、大豆を麹菌の力で発酵させた後、塩水の中で一年以上熟成させて作られます。長い熟成を終えた浜納豆は、樽から引き上げられ、天日干しされて完成します。
そんな浜納豆の起源は奈良時代にまで遡ると言われており、江戸時代には徳川家康が遠江の浜名地方で作られていたこの納豆を大変好み、「浜名の納豆はまだか」と催促したことから「浜納豆」と呼ばれるようになったという説もあります。
浜納豆はお茶やお酒のお供にそのまま食べることもできますが、煮込み料理に数粒加えると旨味がアップ。定番料理の「隠し味」としても活躍しますよ!
2. 白醤油(レア度:☆☆★)
みなさんは淡い琥珀色のお醤油、「白醤油」をご存じでしょうか?
白醤油は、通常の黒い醤油とは異なり、主原料として炒った小麦をふんだんに使い、約3ヶ月という短い期間で熟成させたユニークな醤油です。
小麦由来の甘みや香りを前面に引き出し、大豆由来のコクや強い色味を抑えた白醤油は、素材のうま味と香りを引き出しながらも、素材の色の変化を抑えられる調味料として、親しまれてきました。
そんな白醤油は、愛知県のほぼ中央に位置する碧南市が発祥とされています。碧南市は古くから醸造文化が栄え、味噌やたまり、みりんなどの発酵食品の一大生産地として知られてきた町でもあります。機会があれば蔵元見学をメインに「発酵旅」に出かけてみてはいかがでしょうか。
3. かんずり(レア度:☆☆★)
「かんずり」は、日本有数の豪雪地帯として知られている新潟県妙高市で作られている調味料です。かんずりの主要な原料は、地元で収穫された良質な唐辛子、そして米糀、柚子、塩の四つ。そして制作過程で最も特徴的な点は、大寒期に行われる「雪さらし」という工程です。
「雪さらし」とは、収穫した唐辛子を真っ白な雪の上に広げ、数日間さらすこと。これにより、唐辛子の余分な塩分やアクが雪に吸い取られ、辛味がまろやかになると言われています。この工程を経た唐辛子に、米糀、柚子、塩を加え、樽の中でじっくりと3年もの歳月をかけて発酵・熟成。「かんずり」という名前は、冬の寒い時期に仕込むという意味の「寒づくり」からきており、まさに豪雪地帯ならではの先人の知恵がいかされた食品なのです。
かんずりは、肉や魚をかんずりベースのタレに漬け込んで焼く漬け焼きや、味噌と合わせて炒め物にする味噌炒め、はたまたパスタの隠し味など様々な形で活用されています。寒い時期には鍋物のお供にもぴったりです。
4. ふぐの子(卵巣)糠漬け(レア度:☆★★)
「ふぐの子(卵巣)糠漬け」は、言わずと知れた猛毒を持つ魚・フグの、中でも特に毒性が強い「卵巣」を使った珍味。日本で唯一、石川県にだけ、この猛毒の卵巣を無毒化し、人々を唸らせるほどの珍味へと生まれ変わらせる伝統製法が、今なお脈々と受け継がれています。
猛毒を持つ卵巣を無毒化する秘密は、1年以上の歳月をかけた塩漬けと、その後更に2年以上もの糠漬けの過程にあると言われています。微生物たちの複雑な発酵作用が働き、テトロドトキシンを分解・無毒化していくのです。
そんなふぐの子(卵巣)糠漬けは、お酒もお供にも良いですが、炊き立ての白いご飯との相性もばっちり。また、その塩気を活かして、パスタソースやポテトサラダに加えるなど、調味料のように使うのも上級者の楽しみ方です。
5. すんき漬け(レア度:☆★★)
「すんき漬け」の最大の特徴は、塩を一切使わずに、赤カブの葉を植物性乳酸菌の力だけで発酵させるという、その独特な製法にあります。秋の霜が降りる頃に収穫される赤カブの葉を、乳酸菌の力だけで発酵させることで、雑菌の繁殖を抑えながら長期保存を可能にしているのです。
四方を山に囲まれた木曽では、海から運ばれる塩は大変な貴重品であり、人々が日常的に使えるものではありませんでした。一方で、厳しい冬に備えて食べ物を保存しておかなければなりません。そこで、貴重な塩を使わずに作ることが出来る保存食として、すんき漬けは親しまれてきました。
そのままでもおいしいすんき漬けですが、温かいかけ蕎麦に油で炒めたすんき漬けを乗せた「すんき蕎麦」や刻んだすんき漬けを、お味噌汁の具材として加える「すんきの味噌汁」、はたまたピクルスの代わりに刻んだすんきをマヨネーズと和えた「すんきタルタルソース」など、様々にアレンジされ愛され続けています。
6. しょっからいわし・なまぐさごうこ(レア度:★★★)
「しょっからいわし」は、新潟市西蒲区の角田浜や越前浜地区で古くから作られてきた伝統的な発酵食品です。イワシを大量の塩と共に時間をかけて熟成させることで生まれるその風味は、まさに「和製アンチョビ」。
その起源は、かつてイワシが大量に水揚げされた時代に、保存食として生まれたと考えられています。水揚げしたばかりのイワシを大量の塩で漬けこみます。食べ頃を迎えるまでの期間は、仕込みの条件や各家庭のこだわりによって異なりますが、「ひと夏を越す」こと、すなわち半年以上熟成させることが基本とされており、中には1年近く熟成させる家庭もあるそうです。
地域の方々からは「ごく少量で白米が進む」と語り継がれているしょっからいわしは、パスタや炒め物など、様々にアレンジされてもいます。
また、しょっからいわしの煮汁を使って大根を漬け込んだ漬物である「なまぐさごうこ」も、この地域の最も有名な郷土料理の一つ。その名の通り、独特の風味と塩気が特徴です。しょっからいわしから染み出た旨味が大根に深く染み込み、ご飯のお供としてはもちろん、お酒の肴としても格別な味わいです。
「しょっからいわし」や「なまぐさごうこ」は、地域の30軒ほどの家庭で細々と作られていると言われています。なかなか入手しにくい食品ではありますが、近隣を訪れる機会があれば探してみるのはいかがでしょうか。
中部地域の発酵食品、いくつ知っていましたか?
いかがでしたか?中部地域の多様な気候が育む発酵食品の数々から、地域の歴史や文化、先人たちの知恵が感じられますね。
また、猛毒を持つ食材を無毒化したり、塩を使うことなく食品の長期保存を可能にしたりといった、微生物たちのもたらす発酵パワーにも驚かされるばかりです。
ぜひ他の地域の発酵食品をまとめた記事や、ひとつひとつの食品を詳しく解説した「発酵食品大辞典」も、合わせてご覧になってくださいね。